Are you suffocating your nails?

社会問題

 

I – ファヴェーラFavela(ファヴェーラ)

“Favela”とは、低所得者層が多く住む地域のことをさす。その多くは急峻な丘など、アクセスが困難なところに広がっている。リオの街を見回すと、丘という丘の斜面にへばりつく様にしてレンガ造りの家が密集している。これらの大部分がFavelaだ。

 リオのFavelaの始まりは1897年にまでさかのぼる。Guerra de Canudosに参加した兵士達は着の身着のままでリオの街に流れ込んできた。戦争から戻ってきたばかりで、生活の基盤を何も持たない彼らに対して、政府は、街の中心部にある二つの丘、Santo(サント) Antônio(アントニオ)Providência(プロヴィデンスィア)に居住することを許可した。

 やがて、Morro(丘) da ProvidênciaCanudos(カヌードス)のあったバイーア地方に棲息する植物(Favelaと言う名前)になぞらえて"Morro da Favela"と呼ばれはじめた。それから、丘や、その斜面に立つ「仮住まい」のことをFavelaと言うようになったのである。

 Favelaはブラジル国内の極端な所得格差と住居不足の結果と考えられているが、Favelaは1950年頃、急激に増加する。この増加は特徴的だ。産業の工業化が進み、農村の人口が大量に都市部へ流入した。結果として、都市部における低所得者層が激増する結果となったのである。

 

 

なぜ、Favelaは丘の上にあるのか?

「丘の上は眺めがいいからだろう」確かに。それは事実だし、すばらしい答えだ。しかし、現実にはより適切な答えが存在する。まず、アクセスや建物の建設が困難なことだ。さらにブラジルには、環境保護のため、区画化された土地はその15%を緑地として残しておかなければならない、という法律がある。そのため、おのずから、緑地として残される土地は活用しにくい土地、リオならば、丘となるわけだ。低所得者にとっては、このような見放された土地が住宅地の候補になりうる。また、仕事場(街の中心部)に近いのもメリットの一つだ。

 

 

Favelaの問題

 

犯罪と麻薬組織:これがおそらくFavela内で最も大きく勝つ深刻な問題だろう。労働の機会に恵まれないため、大金を手に入れることのできる麻薬の売買が生活の糧として利用されるようになる。麻薬の新たな取引場をめぐっての密売組織同士の抗争や、それを取り締まる警察との争いが激化して、犯罪の温床となっている。銃撃戦が頻繁に起き、それによる死者が後を断たない。

 

インフラと公衆衛生:上下水道やゴミ回収システムなど、基本的な公衆衛生が整っていない。最近はインフラの整備が進んでいる地域が増えてきているものの、全体的に見て、まだまだ充分とは言えない。衛生面に問題が残り、住民の健康にも悪影響を及ぼしていている。

 

斜面の地すべり:特に雨期はいつも地すべりが深刻な問題になっている。ほとんどのFavelaが丘の急な斜面にあり、大雨が降ると当然地盤が緩み、地すべりや土砂崩れを引き起こす。しかも、家屋が不規則で無理な建て方をされたりしているので、被害がさらに甚大なものとなってしまい、死者が出たり家を失ったりという事故が、毎年繰り返しおきている。

 

電力の不法使用:Favelaでは公共の電柱から勝手に電線を家に引っ張ってきて、ただで使用するケースが多い。しかも、たくさんの電線を無理につないでいるので、ショートを起こし、火事の原因になっている。この電力の不法使用を、俗に"gato(ガット)"と呼ぶ。本来は猫の意味だが、ブラジル人にとっての猫のイメージはずるがしこい動物というのが一般的で、それが転じてこそ泥などを意味するようになった。同じような使い方で"gatuno(ガットゥーノ)"は泥棒という意味だ。

 

MEMO:Favelaはスラムといっても、犯罪者や麻薬密売人ばかりが住んでいるわけではない。むしろ住民のほとんどが、一般社会で働いている人々で、なかには警察官や消防隊員までもが住んでいるところもある。また、レストランのウェイターなどを職業としている人も多く住む。ブラジルは所得格差が激しく、大きな社会問題の一つとなっている。中卒程度の学歴の人と大学卒の人では、所得格差が36倍もある。

 

Favelaが無くならないのはなぜか?

 

A)     1960年代、ブラジルは合衆国政府との協力で、Aliança(アリアンサ) para(パラ) o() Progresso(プログレッソ)(発展のための協定)計画を実行した。これは、Favelaを根絶するため、郊外に住宅地を建設し、そこにFavelaの住民を移住させるというものであった。実行された計画の一例としては、Cidade(スィダーヂ) de() Deus(デウス)が挙げられる。しかし、リオの街自体が拡大していくにつれ、新しい住宅地はそれまで遠くはなれ隔絶していた低所得者層の居住地域に再び接近して行った。結局都市の拡大は郊外まで飲み込んでしまい、都市とFavelaが混在する状況はなんら変わらなかった。

 

B)     Zona SulではFavelaを移転させる試みは非常に難しかった。というのは、この地域は建物の建設や、サービス業に従事する労働者を多く必要としていたからだ。そういった仕事にはFavelaの住民が就いており、彼らは家がどんな環境にあっても、仕事場に近いことを最優先したのだ。当然、Favelaはなくならない。

 

C)     ブラジルには、どんな土地でも、一旦家が建ってしまうと、それを取り壊すには裁判所の許可が必要になる、という法律がある。しかし、許可が下りるのには非常に時間がかかり、一ヶ所の撤去の許可が下りた時にはすでに、他に何十戸もの家屋が建ってしまっている。つまり、法的にFavelaをなくすのは現実的に見て不可能だということだ。

 

21世紀を迎えた社会の中のFavela

Favela根絶の計画がことごとく失敗してしまった経験は、根絶に固執するのではなく、Favelaの環境を整備し、住民に快適な生活を保障する方が得策だということを示している。Favela内にはすでに人々のかけがえのない生活が根付いているのだ。近年では、上下水道、銀行、郵便局、電話、道路の舗装、公共交通手段などのインフラの整備が進められているFavelaもある。

Favelaは徐々に近代化した側面を獲得してきているし、かつては不恰好な土壁の小屋だった家屋はレンガ造りの立派な建物に取って代わられている。さらに、教育、文化、スポーツなどの社会活動に従事しているたくさんのグループがFavela内で活動し、子供達をドラッグの魔の手から守っている。

Favelaの環境改善はゆっくりと、だが着実に進んでいるのだ。

 

Vamos ouvir uma musica!!-音楽を聴こう!!

 サンバ・カンサォンに歌われている不法占拠と貧しい地区の排除の問題

Adoniram(アドリアン) Barbosa(バルボーザ)"Saudosa(サウドーサ) Maloca(マロッカ)(懐かしい小屋)"という歌の中には、つぎのような詞がある。

“Vieram os homens com as ferramentas, o dono mandou derrubar... Os homens estão com a razão nos arranja outro lugar..."男たち役所から許可を受けた者たち工具を持ってやってきた。地主が家を壊すよう、命令したんだ。彼らは正しい。わたしたちは別の場所に移ろう)

 

MEMO  Guerra(ゲーハ) de() Canudos(カヌードス)とは・・・

Canudosとは1896年に指導者Antônio(アントニオ) Conselheiro(コンセリェイロ)を中心として貧困者、元奴隷、農村の労働者などが結集してバイーア地方に形成した共同体のこと。この共同体は人々の平等を理想として掲げていた。過酷な搾取に苦しめられつづけていた農場の労働者たちがこの考えに賛同し、農場を逃げ出してCanudosに参加し始めた。さらにはCanudosがブラジルからの共同体の独立を掲げるようにもなり、この事態を重く見たブラジル政府がCanudosの鎮圧に乗り出した。政府はまず、様々な州から軍を派遣。しかし、州ごとの小規模の軍隊では鎮圧できずに、逆に撃退されてしまう。政府は同じ失敗を何度も繰り返し、内戦は長期化してしまう。内戦勃発から約一年後、政府は複数の州からの軍を結集させて大規模な軍を編成し、ようやく共同体の蜂起を鎮圧するにいたった。この内戦のことをGuerra de canudosという。

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