音楽

 

I-リオで聴ける音楽

ブラジルらしさ」の象徴、リオデジャネイロ。この街は約2世紀の間、国の首都だったので、文化的、芸術的に重要な活動が行われる機会に恵まれていた。Samba(サンバ),Choro(ショーロ)Bossa(ボサ) Nova(ノヴァ)などはリオで生まれた後に世界的な人気を獲得したジャンルだ。以下、街の伝統的な音楽のほか、最近のブラジル国内音楽シーンを賑わせているジャンルを紹介しよう。

 

Bossa(ボサ) Nova(ノヴァ)

1950年代、リオのZona Sulに住む若者達の間で、ジャズに影響を受けて、ブラジルポピュラー音楽の革新運動が起こった。それは、伝統的なSambaの作曲法を用いながらも、より近代的なコンセプトの元、洗練されたハーモニーとより身近な言葉での詩を持った音楽だった。

Canção(カンサォン) de() Amor(アモール) Demais(ジマイス)というレコードがこの音楽ムーブメントの記念碑的作品だと言われている。Tom(トン) Jobim(ジョビン)が作曲、Vinícius(ヴィニシウス) de() Moraes(モラエス)が作詞を担当し、女性歌手Elizete(エリゼッチ) Cardoso(カルドーソ)が歌ったものだが、João(ジョァン) Gilberto(ジウベルト)が参加していることも、このレコードの価値を更に上げている。彼が奏でるギターは独特のリズムを音楽に与え、Bossa Novaをより豊かなものへと進化させたのだ。

上に名を挙げたほかに、他の作曲家もすばらしい作品を作り出し、Bossa Novaの一時代を築いた面々だ:Baden(バーデン) Powell(パウエウ), Roberto(ホベルト) Menescal(メネスカウ), Oscar(オスカール) Castro(カストロ) Neves(ネヴィス), Carlos(カルロス) Lyra(リラ), Toquinho(トキーニョ)などが有名だろう。

1962年、ニューヨークのカーネギーホールでのボサノヴァフェスティバルが行われた。このイベントによってBossa Novaは国際的な知名度を得ることとなる。それと共にブラジル音楽も再評価されたのだ。

70年代初頭から、Bossa Novaの人気は翳り始め、Tropicalismo(トロピカリズモ)のような他のジャンルに押されるようになってしまう。だが、Bossa NovaChico(シコ) Buarque(ブアルキ), Caetano(カエターノ) Veloso(ヴェローゾ), Mílton(ミウトン) Nascimento(ナスィメント), Gilberto(ジウベルト) Gil(ジウ)といった次世代のアーティスト達に決定的な影響を与えたことは否定できない。

 

多くの人が、ボサノヴァは1958年に始まり、1968年に終わったと考えている。しかし、ボサノヴァは1958年より前から芽生え始めていたし、1968年にすっかり消えてしまったわけではない。ブラジル国内、国外を含めて、90年代ほどボサノヴァのCD(レコード時代も含めて)がたくさん売れた時はない。

ボサノヴァの成り立ちを簡単にあらわすと次のようになる。

 

Bossa Novaの成り立ち

Bossa Novaの定義を図式化すると、次のように表すことができるだろう。

サンバ+アメリカンジャズ+フランス印象派的表現=ボサノヴァ

 

“Bossa Nova”の意味

“Bossa”という言葉はリオのgíria (スラング)で、やり方、手法と言った意味だ。たとえば、それまでとは違う独創的な方法、あるいは簡単で単純な方法で、あることをするとき、その人のことをEssa(エッサ) pessoa(ペッソーア) tinha(チーニャ) Bossa(ボッサ)’.(その人には’Bossa’がある)と言った使い方をする。

つまるところ、”Bossa Nova”は「新手法」を意味する。

 

Pagode(パゴーヂ)

 サンバから派生した音楽で、リオの街中至るところで耳にする、リオを代表する大衆音楽だ。pandeirocavaquinhoのほかに、マッチ箱を振ったりや机を叩いたりしてリズムを刻む。Pagodeは庶民の生活や恋を題材にしており、メロディアスで、おそらく、リオで一番人気のある音楽だろう。もし、リオでPagodeのショーを観たいと思ったら、Beth(ベス) Carvalho(カルヴァーリョ), Jorge(ジョルジ) Aragão(アラガォン), Zeca(ゼカ) Pagodinho(パゴヂーニョ)といったミュージシャンを選べばいいだろう。楽しめることを保証する。

 

Tropicalismo(トロピカリズモ)

 1960年代の初めに起こった音楽のムーブメントのことで、いまなお活躍している、Caetano(カエターノ) Veloso(ヴェローゾ),Gilberto(ジウベルト) Gill(ジウ),Tom(トン) (ゼー),Maria(マリア) Bethânia(ベターニア),Gal(ガウ) Costa(コスタ)といった面々がリーダーとなった。

 Tropicalismoのリーダーたちによって、すべてのブラジル音楽のリズムはアメリカのポップスやロックと融合した。そのなかから、初めてエレクトリックギターを使ったサンバが生まれた。

 Tropicalismoはまた、政治的な側面も持っていて、表現の自由を制限される軍事政権下のブラジルで、反体制運動を行っていた。CaetanoGilといったミュージシャンたちは、逮捕されたり、国外に亡命したりした経験を持つ。

 

MPB(エミペーベ)

 MPBとは、Música(ムズィカ)Popular(ポプラール) Brasileira(ブラズィレイラ)の略である。その名の通り、メロディーやリズムにブラジル的な特徴を色濃く残しつつも、多くの人に支持されるポピュラー音楽のことだ。

 代表的なアーティストとしては、Chico(シコ) Buarque(ブアルキ), Mílton(ミウトン) Nascimento(ナスィメント), Robert(ホベルト) Carlos(カルロス), Jorge(ジョルジ) Ben(ベン), Tim(チン) Maia(マイア)等が挙げられる。

 

Forró(フォホー)

 ブラジル北東部から生まれたリズムで、アフリカの言葉"forróbodo(フォホボド)(騒がしいパーティー)"が短縮されたものだと言われている。長い間、この音楽は、使用人や建設現場の作業員たちの音楽と見なされていた。彼らはほとんどが北東部出身で、出稼ぎの為にリオやサンパウロといった大都市にやってきた人々だった。かれらが、その故郷の歌として、forroを愛好したのだ。しかし、最近Forroは幅広い人気を得て、ブラジルの音楽シーンに一気に広がっていった。ブラジルでヒットした映画、"Eu(エウ),Tu(トゥ),Ele(エリス)s"のなかで、forróを聴くことができる。とくに、"Esperando(エスペランド) na() janela(ジャネーラ)"が有名だ。

 代表アーティストは、故Luiz(ルイス) Gonzaga(ゴンザーガ)(「forró(フォホー)の神様」と呼ばれている)、Peixe(ペイシ) Elétrico(エレトリコ)Falamansa(フラマンサ)などだ。

 

Axé(アシェ)

Axéとは、バイーア地方のカンドンブレやウンバンダ(バイーア地方で信仰されているアフリカ起源の宗教)などで使われる、宗教的な挨拶で、「お元気で」といった感じの意味がある。これが音楽の一ジャンルを表す言葉に使われるようになった。これが、ノルデスチ、カリブ、アフリカ、ロックなどのリズムをミックスさせたAxé musicと呼ばれるものである。1992年Daniela(ダニエラ) Mercury(メルクリ)"O() Canto(カント) da() Cidade(スィダーヂ)"という歌のヒットにより、ブラジル全土に広がって、全国的な人気を博すことになる。とくに、Micareta(ミカレッタ)(時期はずれのカーニヴァルのこと)の曲として好まれたが、テレビやラジオでも連日取り上げられ、90年代の終わりまで爆発的に流行した。しかし、流行りすぎで、人々もさすがに飽きてきたのか、その後は急速に廃れてしまった。

 Axeの主なアーティストは以下のような人々、バンドである。

Araketu(アラケトゥ), Asa(アザ)de()Águia(アギア), Olodum(オロドゥン), Banda(ブンダ)Eva(エヴァ), Chiclete(シクレッチ)com(コン)Banana(バナナ), Banda(バンダ)Mel(メウ), Timbalada(チンバラーダ), É()o()Tchan(チャン), Terrasamba(テハサンバ)

 Axéのバンドの特徴は、サルヴァドールのカーニヴァルでよく目にする、Trio(トリオ) Elétrico(エレトリコ)を好んで用いることである。Trio Elétricoとは、大型トレーラーの荷台部分全体に巨大なアンプを設置し、その荷台の上でバンドが演奏し、そのトレーラーのまわりをファンや観客が踊りながら付いて来る、という形態のものである。

 

MEMO  Axéの起源

Axéの起源は1950年代にある。この時代、Dodô(ドド) e() Osmar(オスマール)という二人組のミュージシャンが1929年型のフォードの上で演奏を始めた。しかし、まだこの時は、インストゥルメンタルのみで、歌はなかった。

その後、Moraes(モライス) Moreira(モレイラ)が車の上で、今度は歌うことを始めた。もっとも、この時はまだ"Axé"の名前はなかったが、これが、Axé音楽の始まりといえるだろう。

Choro(ショーロ)

Choroとはヨーロッパのいろいろな種類のサロン音楽(ワルツやメヌエット、ポルカなど)が混ざり合って出来た音楽である。ギターを主な楽器として、哀愁ただようメロディーを奏でるのが特徴である。名前の由来は諸説あるが、その悲しげなメロディーが涙を誘うことから"Choro(泣くこと)"と名づけられたというのが有力である。20世紀の初頭に流行したものの、現在も根強い人気を持っており、テレビやラジオでは聴く機会はあまりないが、リオではおもに、クラブなどでの生演奏が聴ける。

Pixinguinha(ピシンギーニャ), Waldir(ワウヂール)Azevedo(アゼヴェード), Jacob(ジャコビ)do()Bandolin(バンドリン), Ernesto(エルネスト)Nazareth(ナザレ)

 

Sertanejo(セルタネージョ)

 このブラジルのカントリーミュージックは、トラックの運転手やブラジルの田舎町の人々から親しまれている。

 歌詞は田舎や旅路における人生、恋愛などを歌っている。90年代に特に流行した。

 主なアーティストは以下の人々だ。Chitãozinho(シタォンズィーニョ) e() Xororo(ショロロ), Zezé(ゼゼ) di() Camargo(カマルゴ) e() Luciano(ルスィアーノ) Bruno(ブルーノ) &() Marrone(マホニ)

 

Mangue(マンギ)-Beat(ビーチ)

 ロックやヒップホップ、サイケ、といった音楽にRecife(ヘスィーフィ)の民族文化が融合してできた音楽。このジャンルの第一人者は、故Chico(シコ) Science(サイエンス)(1996年、交通事故で死去)とNação(ナサォン) Zumbi(ズンビ)だ。他には、Mundo(ムンド) Livre(リヴリ) S(エスィ)/A()Mestre(メストリ) Ambrósio(アンブローズィオ)がいる。

 

Funk

 ブラジルのファンクは1970年代、アメリカのファンクブームに乗って、リオで盛んになった。ファヴェーラの中の暴力やドラッグ、性、貧困などを題材にしていたため、この音楽スタイルは、長い間、貧困層や都市郊外で流行していた。しかし、次第に中流層にも支持を広げ、2000年にはブラジル中のクラブで取り上げられるようになり、一大ブームを巻き起こした。

主なミュージシャンは、MC(エミセ) Serginho(セルジーニョ), Bonde(ボンヂ) do() Tigrão(チグラォン), MC Tati(タチ) Quebra(ケブラ) Barraco(バハッコ)などだ。

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